今年の思い出4
今年の思い出はいろいろありました。
その中でも大学の恩師(森岡侑士氏)とのお別れはとても悲しい出来事でした。2年前(2023)、年賀状が卒業後、初めて途絶え、事の重大さを同級生の間で感じた方も多かったのではないかと思います。私はコロナ中、偶然、先生の最初のご自宅「ナジャの家」を設計した建築家の北川原温氏がJIAマガジン(2022.4月号)で処女作からそれ以降の作品について建築家の坂牛 卓氏がインタビューされている記事を見かけ、先生のご自宅が北川原氏の最初の作品だったことを偶然、知りました。

北川原氏が森岡先生のことを思い出深く語っているのを拝読し、この記事はお伝えさせて頂けたらとの思いで、数年ぶりに(2022.3月31日AM8時34分)メール送信。(その時は私は全く健康状態について知りませんでしたが、後で奥様に伺うと、既にその時は体調が良くなかった状態のようでした。)全く状況を知らないまま、記事を送ると、同日AM11時47分に返信があり、送信したマガジンの記事を読んでくださったとのこと。北川原氏の風情やお人柄を記事を通じて感じて下さったようで、北川原氏の思い出の語らい(特に丹下事務所でのサウジアラビアの思い出)について短めの返信がありました。メールでのやりとり直後の2023年頃、入院されたと後で奥様から伺いました。今年の9月にあったアクロス福岡での建築関係の講演会の折に、逝去後、初めてご自宅を訪問。今までのお礼も兼ねて遺影と対面させて頂きました。奥様もご迷惑だったと思いますが、私の訪問を受け入れて頂き、今年の1周忌についてや、お墓が奥多摩になる予定と伺いました。

先生のご自宅(2025/9/14)(30年くらい前に建築家の西岡弘氏(当時私の大学の非常勤講師で、私の製図の先生でもありましたが、磯崎新の事務所で先生とも一緒だったこともあり、親交があった方)が設計されたと伺いました。)建築設計の専門家を献身的に応援された素晴らしい都市計画家でした。
学生の頃、休学して1年海外で生活していた私が日本に戻り、復学し、色々と大学の保守的な管理体制や授業内容、日本のつまらない習慣に悩んでいた時に相談に載って頂き、優しく寄り添っていただいたことで、とても勇気を頂きました。たくさんの書籍を愛読されていた森岡氏からは卒業記念にブックカバーを研究室の卒業生みんなにプレゼントして頂いたことがいまでも良い思い出になっています。読書は大学を卒様してからも本当に今でも私の良い学びの機会となり続けています。学生の頃、カミュの「La Peste」「異邦人」やNIKOLAUS PEVSNERの”The Sources of Modern Architecture and Design”、島崎藤村の「夜明け前」、上野千鶴子氏の「近代家族の成立と終焉」等、建築から都市計画、文学、社会学に渡る書籍について色々と教えて頂いたり、お話しさせて頂いたことが今でも自分の思い出になっています。丹下事務所時代のサウジアラビアでのお話、イタリアでの留学経験やペルーでのODAのお仕事、NPOやNGO等について、都市計画という研究室だったこともあり、文化的な視点も含め、いろいろ広い視点から物事を見ることを教えて下さったように感じています。海外の経験が長かったということも私にとってはとてもありがたい存在でした。(容姿も当時はロン毛だったので個性的な方でしたが)今はもうありませんが、大学の近くにあったレコードジャズを流していたた少しアーチィステックな喫茶店「獏」で他の学生の皆さんとも一緒に食事をしたことも、私の記憶の中に懐かしく残っています。人との出会いでその時ほど勇気をもらったことはなかったと思います。私の人生にとって影響がとても大きかった方でした。そして、人として素晴らしい方でした。本当にありがとうございまいた。
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